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いとひや  糸日谷 晃
Toy artifact creater itohiya hikaru

工作教室/craftworkshop

- 工作体験・ワークショップ -

暮らしを彩る「創造・想像」という行為。
はじめは自分のために、そして、誰かのために。
ついには広く、皆のために。

工作をする、ものをつくるという行為は、
「人がより良く活きる上で必要な要素」
をたくさん含んでいるように思います。

例えば、
工作をするには、材料の特性や物の仕組み、各部品の形などの情報を整理し、
まとめ、作り上げる能力が必要です。 (観察力、総合力)

説明など文章を理解し、図と物を一致させ、その通りに組み上げるためには手先の器用さはもちろんですが、イメージする力、空間把握能力などが必要となります。
(技術、文章読解、計算、試行錯誤)

いざ形が出来ても、飾り付けや色付けのために、
今までの記憶や経験を活かせなければ格好良くすることも、可愛らしくすることも、
例えばロボットにも動物にもすることも出来ません。
(生物や植物の知識、乗り物その他、文化歴史の知識、)

オリジナリティを出し、より多くの人に認めてもらうためには、
そこからさらに一歩踏み込んで、
かけがえのない感性が必要となります。
(作図、表現力、センス、道徳、モラル、)

それを可能にするためには、大変な労力や時間が必要になることも多々あります。
(集中力、忍耐力、・・根性?)

工作から、多くのことが学べると思いませんか?

 

 

一方、
今まで多くの方と接してきましたが、
「昔から絵を描いたり、工作が苦手」という方も多くみられます。

なにをもって苦手とするのでしょう?

「苦手だけれど楽しい」から物作りをしている人もいます。
「苦手だからやらない」という人との違いはどこにあるのでしょう。

多くの人が「苦手」なだけで、「嫌いではない」現状があります。
こんなにも楽しくて為にもなる「物作り」・・・。
どうしたら、「苦手」だけれど、「好き」になるのでしょう。

 

職人や作家という言葉は大仰に聞こえますが、
物を作る・考える行為は、なにも特別な事ではありません。
それは人間が本来持っている能力であり、他の生物よりも、より有利に、自由に生きていく為に進化の中で2足歩行となり、獲得した能力だと考えます。

例えば、幼いころの図画工作の経験を思い出してみてください。
親兄弟や友達などに 「ヘタだなぁ」と言われた/言った経験がありませんか?
物作りが嫌いだったり、避けている方々に、お話を伺うことも多々あるのですが、
総じて皆さん「よく言われた」と答えます。

初めから、上手にできるわけがありません。
子どもにプロダクトデザイン、グラフィックデザインの参考書を見せて馬鹿にしているようなもの。 ましてや、その判断を下すのは、美術・工芸・デザインの世界とは無縁の素人であることが大半です。

子どものころに、
「物を作る」→「嫌なことを言われる」 という流れを続ける内に、
心理的にも「物を作る」事を避ける様になってしまう・・・そういう事もあるようです。

初期の「下手なことが当たり前の時期」に、初めから苦手意識を植えつけられてしまったり 思い込まされる事も多いのではないかと考えることもあります。
そのような場合、苦手意識を持ち「作る」事自体を初めから敬遠してしまうので、
「下手」なまま、上達にもつながりません。 

何年も経験して「苦手」とするならまだしも、
何が上手で、何が下手なのか分からない初期の段階で、その人の何が分かるのでしょう。

些細なことですが、このようなことが重なり、
物作りや 子供の成長において1つの問題になっているようにも思えます。

 

きっと、誰しもが幼い時分、
クレヨンから色や線が生まれることに不思議さや喜びを感じ、
紙をはみ出しテーブルや壁に絵を描き、怒られ・・

積み木が高く積めた時には嬉しさを、
そして、失敗して倒してしまった悔しい時でも 面白さを感じ、

再度チャレンジする心を持っていたはずです‥‥。

 

たくさんの工作教室を経験してきましたが、色々と見えてくるものがあり、
考えることもたくさんあります。

たかが図画工作、されど、図画工作。

きっと、これらの作業は形を変え、日々の暮らし、仕事で・・
あらゆることに応用できるのではないでしょうか?

 

そんな想いが私の根底にあり、
子どもに限らず、大人にも作ってほしい工作用品をいくつか作りました。


どのように仕上げるかは、皆さん次第です。

他にも、こんな教室を開催したい、こんなものが作りたい、気軽にご相談下さい。